―親ができることは、無理に動かすことではなく“小さく生きる力”を戻すこと―
不登校の子どもを見ていると、親はどうしても焦ります。
「このままで大丈夫なのかな」
「学校に戻れなくなってしまうのでは」
「将来どうなるんだろう」
「結局、親は見守るしかできないのかな」
そんな不安が毎日のように押し寄せてくることがあります。
でも、まず大切にしたいのは、不登校は“怠け”や“甘え”と決めつけられるものではないということです。不登校の背景には、心理的、情緒的、身体的、社会的な要因が複雑に関係している場合があり、こども家庭庁も、学校・教育委員会だけでなく医療・福祉などの関係機関とも連携し、地域全体で支援する必要があるとしています。 [cfa.go.jp]
そして文部科学省の考え方でも、不登校支援は「学校に登校する」という結果だけを目標にするのではなく、子どもが自分の進路を主体的にとらえ、社会的に自立することを目指す必要があるとされています。 [pref.nagano.lg.jp]
つまり、親が目指したいのは、いきなり登校させることではなく、
子どもの生活の中に、少しずつ“動けた”“できた”“楽だった”を戻していくことなのだと思います。
その助けになる考え方の一つが、行動活性化です。

行動活性化とは何か
行動活性化とは、簡単に言うと、
気分が上がるのを待つのではなく、先に小さな行動を入れて、気分や生活の流れを少しずつ回復させていく方法です。
不登校やひきこもり支援の分野でも、行動活性化は「心のエネルギー」をためる方法として紹介されており、睡眠を中心に生活リズムを整えること、少しずつ学校や教室に近づくこと、不安や嫌悪感情への段階的な取り組みなどが扱われています。 [kongoshuppan.co.jp]
ここで大切なのは、行動活性化は「無理やり頑張らせる方法」ではないということです。
むしろ逆です。
大きな目標を押しつけるのではなく、
今の子どもができる“最小単位の行動”を一緒に探すことです。
たとえば、いきなり「学校へ行く」ではなく、
- 朝、カーテンを開ける
- コップ一杯の水を飲む
- 5分だけ外の空気を吸う
- 好きな音楽を1曲聴く
- 昼夜逆転を責めず、まず起きた時間を記録する
- 家の中で一つだけ役割を持つ
- コンビニまで一緒に行く
- 先生に会う前に、まず校門の近くまで行ってみる
- 教室ではなく、保健室や別室に短時間だけ行く
このくらい小さくていいのです。
認知行動療法の教育分野での活用でも、児童生徒の具体的な行動が、学校や家庭などの環境との相互作用によって影響を受けていると考え、行動の機能を理解しながら支援を考えることが重要だとされています。 [jabct-50th.net]

行動活性化で大切な3つの活動
家庭で取り入れやすい行動活性化は、次の3種類に分けると考えやすくなります。
生活を整える行動
これは、心の土台を戻す行動です。
- 朝、光を浴びる
- 着替える
- 歯を磨く
- 食事を一口でもとる
- 夜にスマホを少し休ませる
- 決まった場所で休む
- 起きた時間・寝た時間を責めずに記録する
不登校支援では、家庭と学校で支援しやすいポイントが異なり、朝起きて、着替えて、食事をして、家を出るところまでは家庭が中心となってサポートしやすい領域だとされています。 [jabct-50th.net]
ここで親が気をつけたいのは、
「なんでできないの?」ではなく、
「今日はここまでできたね」と見ることです。
歯磨きができた。
昼に起きられた。
一緒にご飯を食べられた。
たったそれだけでも、動けない時期の子どもにとっては大きな一歩です。

楽しさを戻す行動
不登校の子どもは、心のエネルギーが落ちていることがあります。
そのときに「勉強しなさい」「将来どうするの」と言われると、ますます動けなくなることがあります。
まずは、楽しさや安心を少し戻すことが必要です。
- 好きな漫画を読む
- ペットと遊ぶ
- お菓子を作る
- 散歩する
- 動画を一緒に見る
- 植物に水をやる
- 絵を描く
- ゲームの話を親が少し聞いてみる
- 推しの話を聞く
ここでのポイントは、親が「それ意味あるの?」と言わないことです。
子どもにとって楽しいことは、
外の世界ともう一度つながるための入り口になることがあります。

達成感を戻す行動
自己肯定感が低くなっている子は、
「どうせ自分にはできない」
「周りの友達はできているのに」
「自分だけ遅れている」
と思いやすくなります。
思春期は、他者への意識が高まり、人と比較する中で自己評価を下げ、自己否定に陥る子どもも増えていく時期だと指摘されています。 [nara-wu.re….nii.ac.jp]
だからこそ、達成感は小さくていいのです。
- 洗濯物を一枚たたむ
- 机の上を一か所だけ片づける
- 5分だけ勉強する
- 漢字を一つ書く
- 好きな教科の動画を見る
- 家族の分のお茶を入れる
- ゴミを一つ捨てる
- 今日できたことを一つメモする
「勉強を1時間する」ではなく、
「ノートを開いた」でもいい。
「外に出る」ではなく、
「玄関まで行った」でもいい。
親が見つけたいのは、結果ではなく、
**子どもの中に残っている“動こうとした力”**です。

事例:小さな行動から生活が戻っていくことがある
ここで、いくつかの典型的な例を紹介します。
※個人が特定されないようにした架空の複合事例です。
事例1:昼夜逆転していた中学生

ある中学生は、学校に行けなくなってから昼夜逆転し、昼過ぎまで寝る生活になっていました。親は毎朝起こそうとしていましたが、毎日けんかになっていました。
そこで目標を「朝起きる」から「起きたらカーテンを開ける」に変えました。
最初は午後2時でもいい。
起きた時間を責めない。
ただカーテンを開ける。
それができる日が増えてきたら、次は「起きたら水を飲む」。
その次は「昼に一緒に何か食べる」。
数週間で劇的に変わるわけではありません。
でも、親子のけんかが減り、本人が「今日は少し早く起きられた」と言える日が出てきました。
ここで大事だったのは、親が「学校に行くための準備」としてではなく、
「あなたの体が少し楽になるためにやってみよう」と伝えたことです。
事例2:人の目が怖くて外に出られなかった子

別の子は、近所の人に見られるのが怖くて、外に出られませんでした。
「学校に行っていないと思われる」
「変に見られる」
「何か言われるかもしれない」
と考えていました。
この場合、いきなり登校を目指すのではなく、
- 玄関を開ける
- 家の前に30秒立つ
- 親と一緒に夜に散歩する
- 人が少ない時間にコンビニへ行く
- 学校の近くを車で通る
- 先生に会わずに校門を見る
- 別室に短時間だけ行く
というように、小さな階段を作りました。
不安のある子どもへの認知行動療法では、本人の状態に合わせて、段階的エクスポージャー、認知再構成、問題解決スキル、ペアレントトレーニングなどを組み合わせる方法が紹介されています。 [jicap.jp]
大切なのは、「怖くないでしょ」と言うことではありません。
子どもにとっては本当に怖いのです。
だから、声をかけるなら、
「怖いままでいいよ。今日は30秒だけ一緒に立ってみよう」
「できたら成功。できなくても作戦を変えればいい」
「戻ってきても負けじゃないよ」
そんな言葉の方が、子どもは少し安心しやすいと思います。
「年をとるのが怖い」という子どもに、何が起きているのか
「年をとるのが怖い」
「大人になりたくない」
「時間が進むのが怖い」
思春期の子どもがこう言うと、親は驚くかもしれません。
でも、思春期は「自分は何者なのか」「これからどうなるのか」という問いが強くなる時期です。思春期は、自分を客観的に眺めたり、自分を振り返ったり、「自分って一体、何ものなのだろう?」という実存的な問いに心が開かれ始める時期だとされています。 [nara-wu.re….nii.ac.jp]
子どもが「年をとるのが怖い」と感じるとき、そこにはいくつかの不安が隠れていることがあります。
子どもが「失う」と感じているかもしれないもの
- 子どもでいられる安心
- 親に守ってもらえる感覚
- 失敗しても許される時間
- 若さ
- 可能性
- 友達との今の関係
- 自由
- 純粋さ
- 夢を見る力
- 取り返しがつく感じ
- 「まだ何者でもなくていい」という余白

大人から見ると、年を重ねることは悪いことばかりではありません。
むしろ、経験が増えることで世の中の仕組みが少しずつわかり、自分に合う生き方を選びやすくなることがあります。
若い頃は、他人の目がすべてのように感じたり、一つの失敗が人生の終わりのように思えたりします。
でも年を重ねると、「人は思ったほど自分を見ていない」「失敗してもやり直せる」「合わない場所から離れてもいい」とわかってきます。
そして、痛みを知った分、人に少し優しくなれることもあります。
だから子どもには、こんなふうに伝えてあげてもいいかもしれません。
「年をとるのが怖い」と言う子への言葉
「大人になるのが怖いんだね。
それは変なことじゃないよ。
今の自分が変わってしまうような気がするのかもしれないね。
でもね、大人になるって、何かを全部失うことじゃないよ。
少しずつ、自分の守り方を覚えていくことでもあるよ。
今は見えないかもしれないけど、
年を重ねると、苦しいことから距離を取る力がついたり、
自分に合う人や場所を選べるようになったり、
人に優しくできる余裕が少しずつ増えていくこともある。
だから、急いで大人にならなくていい。
今のあなたのままで、少しずつでいい。
怖いと思う気持ちも、一緒に持っていていいよ」

自己肯定感が低い子に必要なのは「もっと自信を持ちなさい」ではない
自己肯定感が低い子に、
「もっと自信を持ちなさい」
「あなたならできるよ」
と言っても、なかなか届かないことがあります。
なぜなら本人の中では、
「できない自分」
「遅れている自分」
「みんなより劣っている自分」
がとてもリアルだからです。
思春期の自己肯定感についての研究では、学校での友人関係や進路についての意識、家族との会話や家庭での手伝いが自己肯定感に影響を及ぼすことが示されています。 [kyokyo-u.ac.jp]
また、東京都の資料では、自己肯定感や自尊感情について、自分のよさを実感すること、人との関わりの中で自分が役立っていると感じること、自分で決める感覚などの観点が示されています。 [kyoiku-ken…okyo.lg.jp]
つまり、自己肯定感は、親が「自信を持ちなさい」と言えば上がるものではなく、
日常の中で“自分にもできることがある”“自分はここにいていい”と感じる経験の積み重ねで育っていくものなのだと思います。

主観的幸せを持つということ
幸せは、他人と比べるとすぐに壊れます。
「友達は学校に行けている」
「みんなは部活をしている」
「同級生は進路を決めている」
「自分だけ止まっている」
そう思うと、子どもはどんどん苦しくなります。
でも本当は、幸せには人それぞれの形があります。
学校に行くことが幸せな子もいれば、
家で安心して過ごせることが今の幸せな子もいます。
友達がたくさんいることが幸せな子もいれば、
一人で絵を描く時間が幸せな子もいます。
人前で活躍することが幸せな子もいれば、
誰かのそばで静かに役に立つことが幸せな子もいます。
主観的幸せとは、
「みんなと同じだから幸せ」ではなく、
自分にとって何が少し楽で、何が少し嬉しくて、何が少し安心なのかを知ることです。
親ができるのは、子どもに幸せを押しつけることではありません。
子ども自身が、自分の小さな幸せに気づけるように、一緒に探すことです。
たとえば、こんな質問が役立つことがあります。
- 今日、少しだけ楽だった時間はある?
- ほんの少し安心した瞬間はあった?
- これは嫌じゃなかった、ということはある?
- 何をしている時は、少しだけ自分でいられる?
- 明日も同じことを少しだけやってみるなら、何がいい?
「楽しかった?」と聞くと、子どもは「別に」と答えるかもしれません。
でも「少しだけマシだった?」なら答えやすいことがあります。
不登校の時期は、幸せを大きく探さなくていい。
“少しマシ”を見つけることが、回復の始まりになるのだと思います。

社交不安症かもしれない子どもへの理解
不登校の背景に、社交不安が関係していることもあります。
社交不安症では、社交的な状況で、恥をかく、嘲笑される、きまりの悪い思いをすることへの恐怖が持続的に生じると説明されています。小児や青年では、社会的な状況で泣く、固まる、引きこもる、話すのを拒否する、登校や社会行事への参加を拒む、腹痛や頭痛などの身体症状を訴えることがあります。 [msdmanuals.com]
これは、単なる「恥ずかしがり屋」とは限りません。
本人の中では、
- 発表で笑われたらどうしよう
- 変なことを言ったと思われたらどうしよう
- 友達に嫌われているかもしれない
- 先生に当てられたら頭が真っ白になる
- 人前で食べるのが怖い
- 教室に入った瞬間、みんなに見られる気がする
そんな恐怖が本当に起きています。
社交不安症の治療者用マニュアルでは、ケースフォーミュレーション、安全行動や自己注目の検討、行動実験などが扱われています。 [mhlw.go.jp]
家庭でできるのは、診断することではなく、
子どもの不安を「気にしすぎ」と切り捨てないことです。
声をかけるなら、
「そんなの誰も見てないよ」より、
「見られている感じがして苦しかったんだね」
「慣れれば大丈夫」より、
「どの場面が一番しんどいか、一緒に分解してみようか」
「逃げちゃだめ」より、
「逃げたくなるくらい怖いんだね。でも、できそうな小さい階段を一緒に作ろう」
この方が、子どもの安心につながりやすいと思います。

親は見守るしかできないのか
親は見守るしかできない。
そう感じる日があると思います。
でも、見守ることは「何もしないこと」ではありません。
見守るとは、
- 子どもを急かさないこと
- でも孤立させないこと
- できたことを見つけること
- 生活の小さな土台を支えること
- 相談先とつながっておくこと
- 親自身が倒れないようにすること
- 子どもの回復力を信じること
です。
日本精神保健福祉士協会の児童生徒支援に関する資料でも、子どもの主体性の回復を目指すこと、子どもの強みを見つけること、子どもが本来持っている回復力を信じること、子ども・家族との協働を大切にすることが示されています。 [jamhsw.or.jp]
親は、子どもの人生を代わりに歩くことはできません。
でも、子どもが立ち止まった時に、そばにいることはできます。
道を決めるのは子ども。
でも、道が見えなくなった時に、灯りを持って隣にいることはできます。

親の心を軽くするために
不登校の子どもを支える親は、本当に疲れます。
子どもの前では平気なふりをしていても、
夜になると涙が出ることもある。
周りの家庭と比べてしまうこともある。
自分の育て方が悪かったのかと責めてしまうこともある。
でも、親が一人で抱え込む必要はありません。
厚生労働省は、不登校、いじめ、ひきこもりなどについて、児童相談所、教育センター、ひきこもり地域支援センター、発達障害者支援センターなどの相談窓口を案内しています。 [mhlw.go.jp]
相談することは、親の負けではありません。
むしろ、子どもを守るために、親が支えを増やす行動です。
親が少し休めること。
親が安心して話せる場所を持つこと。
親が「今日も何とかやった」と自分を認めること。
それも、子どもの回復を支える大切な土台です。
最後に:子どもは止まっているようで、内側では育っている
不登校の時間は、外から見ると「止まっている時間」に見えるかもしれません。
でも、子どもの内側では、
自分とは何か、
人とどう関わるか、
どう生きたいか、
何が怖いのか、
何なら安心できるのか、
そんな大切な問いが動いていることがあります。
親としてできることは、
その時間をすべて無駄だと決めつけないこと。
もちろん、心配していい。
不安になっていい。
泣いてもいい。
親だって人間です。
でも、子どもに向けるまなざしのどこかに、
「あなたは今のままでも大切な存在だよ」
「少しずつでいいよ」
「一緒に考えよう」
という温度を残しておきたい。
行動活性化は、そんな親子にとって、
大きな奇跡を起こす方法ではないかもしれません。
でも、
カーテンを開ける。
水を飲む。
一緒に笑う。
一歩だけ外に出る。
今日できたことを一つ見つける。
その小さな積み重ねが、
子どもの日常を少しずつ取り戻す力になることがあります。
親にできることは、
無理に引っ張ることではなく、
子どもの中に残っている小さな力を、一緒に見つけること。
そして、
「あなたの人生は、まだここからいくらでも形を変えられる」
と、焦らず伝え続けることなのだと思います。



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